審判委員長中井祐樹が語るQUINTETの独自性と可能性

QUINTETでは、一般社団法人日本ブラジリアン柔術連盟(JBJJF)が「協力」として参画、会長の中井祐樹氏が大会の審判委員長を務めることとなった。また国内総合格闘技ジムの交流組織、D-NET(DOJO NETWORK JAPAN)も「協力」し、審判団を派遣する。鋭い批評眼を持つことでも知られる中井氏から見たQUINTETとは? ルールと観戦ポイントを中心に聞いた。

中井祐樹
QUINTET

――中井先生がQUINTETの審判委員長に就任されたということで、ルールのポイントや観戦にあたっての見どころなどをお聞きしたいと思います。

中井 よろしくお願いします。私は競技を統括する立場で、ルールを作ったわけではないんですが、正直なところどうなるか分からないんですよ。

――それだけ団体戦・抜き試合のグラップリングという形式が新しいということですか。

中井 おそらく史上初でしょうからね。ということは人類初の試みですよ(笑)。なおかつ、これは桜庭和志という選手の強さや魅力、個性が反映されたルールでもあると思います。つまり「動き続けて、一本を取りにいく」というスタイルですね。その、桜庭選手が理想とするスタイルをグラップリングで具現化したのがQUINTETルールでしょう。

――消極的だと「指導」のペナルティがあり、「指導」3回で失格になるルールです。

中井 アクティブに動き続けなければいけないルールなわけです。ということは、体格差がある試合になった時などに、「専守防衛」で守りきって引き分けに持ち込むというのも難しいかもしれない。

――その前に失格になる可能性もありますね。

中井 難しいからこそ、引き分けの価値はより高まるとも言えるでしょうね。まさにそのへんが、やってみないと分からない部分なんですが。

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――従来のグラップリングの試合とは違った展開になりそうですね。

中井 ADCCやメタモリス、POLARISといった大会で見られるような「細かい攻防を固唾を飲んで見守る」といった試合にはならないような気がします。細かくペナルティ(指導)が入って、攻めるように指示を出され続ける。そういう意味では、従来のブラジリアン柔術をベースとしたグラップリングというより、柔道やレスリングに近い感覚の競技になると思います。見ている側の感覚としてもそうなるでしょうね。

――むしろ新しいカテゴリというか。

中井 「QUINTETグラップリング」という、新しい競技だと思ったほうがいいでしょうね。そうとしか言いようがない試合形式でありルールです。やはり桜庭さんはレスリング出身ですからね。いわゆるグラップリング、ノーギ柔術というのは、基本的に選手がやりたいことをできるようなルールになってるんです。選手が持っている技術、使いたい技をそのまま出しやすいルールですね。

――簡単に言えば「存分に寝技ができる」ということですか。

中井 面白い試合にしようというより「どっちの技術が上か徹底的にやろうぜ」といった感じです。

――DOスポーツとして価値が高いというか。見ている人も経験者が多い感じですよね。

中井 言い方は悪いですけど、見る人のためにできているものではないですよね。逆に言えば、だからこそブラジリアン柔術は貴重なんですよ。他のたくさんのスポーツ、格闘技は見る人にとっての分かりやすさを基準にしてルールが変わっていきますよね。そんな中で、ブラジリアン柔術の価値観は、あくまで「やる人が基準」であり続けている。貴重だし、まあ特殊といえば特殊なんですが。

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――ということは、QUINTETは「じゃあ、それをもう一回反転させて、普通のスポーツの基準でやってみよう」ということになりますか。

中井 そういうところも、桜庭さんらしさなんだと思います。レスリングで育ってきた人ですから。なおかつ、桜庭和志という選手は動き続けて一本を取るという試合ができる稀有な存在なわけです。

――そういう桜庭選手にとって「かくあるべし」という闘い方がQUINTETルールに込められていると。

中井 だから見る人には「面白いなこれ!」となるんじゃないかと思いますね。逆に選手からすると「これは大変だ!」となるかもしれない。私はそう見ていますね。

――動き続けるというのはそれだけしんどいと。しかも大将戦が引き分けだった場合、チーム全体の「指導」の数も勝敗に関わってきますから気が抜けないですよね。

中井 チームメイトからの声援、アドバイスにも熱が入るんじゃないですか。「レフェリーから“アクション”入ったぞ!」とか「動け動け!」といった感じで。

――引き分け狙いの過程で入った指導で、最終的に負けるかもしれないという。

中井 そうなんですよ。疲れていても動かなければいけないわけですから大変だと思います。それはルールとして「理想が高い」とも言えますよね。そこで考えたいのは、格闘技の世界での柔道やレスリングのステータスの高さなんです。

――オリンピック競技、メジャー競技だから、というだけではないということですか。

中井 それももちろんありますが、柔道やレスリングはオリンピック競技として、「見やすく」、「分かりやすく」という形でもルール変更がなされてきましたよね。見方を変えると、それはスポーツとして選手に「厳しさ」を課してきたとも言えるわけです。

桜庭も出席したルールミーティング。集合写真左から安井佑太(植松直哉の代理で参加)、新明佑介、桜庭、中井、片岡雅人、美木航、山﨑剛


――分かりやすく攻めなきゃいけないし、ルール変更にも対応しなければいけないですよね。

中井 柔道やレスリングが強かった選手というのは、柔術をやっても強いし、MMAをやらせても強い。基本的にはそう言えると思うんですよ。

――確かにそうですね。それは中井先生から見て、層の厚さからくる勝負強さやフィジカルの強さだけではないと?

中井 はい。いま言ったような「縛りのきついルール」で磨かれる、そこから生まれる強さというのもあると思いますね。

――ということは、QUINTETのルールだからこそ生まれる強さもある?

中井 そう思います。私も常日頃から言っていることですが、ブラジリアン柔術の尺度だけで選手を育てようとしても、既存のもの以上は出しにくいんですよ。たとえば、アメリカにはカレッジレスリング、フォークスタイルというベースがあって、そこからUFCの強豪も生まれてきている。下の選手が体勢を変えて上になるとポイントが入るというのがカレッジレスリングの大きな特徴で、アメリカのMMAファイターの大きな核になっているんです。それがブラジリアン柔術と融合して、打撃も加わって、今のUFCの主流になっている。もちろん、UFCがアメリカに本拠地を置くイベントだからそうなったという面もあるでしょうが。カレッジレスリングとMMAでの強さの関連性は、みんな分かってるはずなんです。だったら我々はどうするんだと。別の手段を考えたいじゃないですか。

――その手段としての可能性が、QUINTETにはあるということですか。

中井 グラップリングの可能性の追求という意味で、QUINTETは瞠目すべきものだと思いますね。グラップリング自体「引き込んで、がっちり固めたところでちょっとずつ攻めていく」というようなものだけではないはずですから。もっとテイクダウンが重視されてもいいはずですし。

体重差マッチで軽い選手がいかに闘うかもポイントになりそうだ


――グラップリング内の新競技であり、MMAへのアプローチの一つでもあると。

中井 可能性の話をすれば、QUINTETという新たなシステムが世界レベルの強豪を生み出すかもしれない。私はそういう期待をしていますね。「動きを止めずにサブミッションを狙っていく」というルール、スタイルは、一つの土壌になりうるなと。正直、桜庭さんと話をしていて「もしかしてここまで考えてるの?」と驚きましたよ(笑)。

――かなり広い背景があるんですね、QUINTETには。

中井 桜庭さん、それに所英男選手もそうですが、動き回って一本を取るスタイルというのはリスキーで、だからそれをやる選手が少ないわけです。ポジションを固めてじっくり攻め込んでいくのが、やはり主流。ただ、そういう柔術的な発想へのカウンターとして、レスリング、プロレスリングをベースにする桜庭さんが出てきた。あるいは、時間切れの場合は判定なしで引き分けというルールだったZSTから、所選手が出てきた。

――桜庭和志は「柔術全盛時代へのカウンター」であり、所英男は「ZSTというシステムが生んだ最高傑作」であると。

中井 私はそう思ってますね。今あるものにレジスタンスしていく運動体やシステムがあれば、そこから新たな個性も生まれてくる。そういう可能性がQUINTETにはあるんです。なかなか画期的なんですよ、実は(笑)。

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